MinnE’s blog

ひがしあさひかわ日記

2025年2月14日(金)雪がたっぷり降った

雪がたっぷり降った。
この冬は根雪になるのは早かったけれど、1月はあたたかい日が続き、路面のアスファルトがみえるほど。
久しぶりにダウンコートを着込んで、はらはらと降り続ける雪のなか仕事にでかける。
そうなのだ。
「今年は雪が少ないね」と言っても、なぜだか毎年雪の量は帳尻が合う。
これから雪の日が続くかもしれない。

雪がやんだら家の前の除雪をしようと思いつつ、確定申告を終わらせる。
今年は初めてスマホで確定申告をした。
マイナポータルとe-taxを連携させて、必要事項を記入して送信すれば終わり。
30分もかからずに済んでしまった。
雪はまだやんでいない…

2025年2月9日(日)読む

2月の2冊目、斎藤真理子「在日コリアン翻訳者の群像」(SURE/2024年11月15日)。
一気に読み終え、読みたい本が多くて付箋だらけ。でも、現在では入手可能なものがほとんどなく、残念。

斎藤真理子さんの翻訳したものを読んだのは、2017年。
チョ・セヒ「こびとが打ち上げた小さなボール」(斎藤真理子訳/河出書房新社/2016年12月23日)。
都市開発が進むソウルに暮らす「こびと」一家の物語。
韓国ではロングセラーのこの本、ソウルで暮らしていた時に読もう(韓国語)と買ってはみたものの挫折した。
まだ「K-BOOK」という言葉を聞いたことがなかったころ、日本語で読めることに感謝しながら夢中で読んだ。

ハン・ガンのノーベル文学賞受賞からK-BOOKはますます読者を得ているけれど、日本語で読めるということは翻訳をする人がいること。
1945年以降、朝鮮の文学の紹介を担ってきた在日コリアンたち。忘れられがちな翻訳者の役割という先人たちへの視点と彼らの仕事への尊敬を感じる一冊。

※「在日コリアン翻訳者の群像」は書店にはほとんどなく直販。私も編集グループSUREのオンラインショップで購入。
小さな出版社は、私にとってはわくわくする宝箱。

2025年1月6日(木)読む

2月の1冊目、アンドレイ・クルコフ「灰色のミツバチ」(沼野恭子訳/左右社/2024年10月10日)。

徹夜をして読みそうになるのを我慢しながら、翌日を心待ちにする、そんな一冊だった。

ウクライナのドンバス地方のある村。
この村は、親ロシア勢力とウクライナ軍の戦闘が続くなか、グレーゾーン(危険な緩衝地帯)となった地域にある。
村に残っているのは養蜂家のセルゲーイチと仲の悪い幼馴染パーシャのみ。
冬、灰色の季節、電気も切れ、食料も不足し、郵便も届かず、年金も受け取れない、それでもセルゲーイチにはミツバチたちがいる。
春が来て、ミツバチたちが目覚めると、セルゲーイチはミツバチたちのために養蜂家大会で知り合ったタタール人養蜂家を訪ねるため、クリミアへと向かう。
故郷マーラヤ・スタログラドフカ(架空の村)からメルトポリ、チョンガル、ジャンコイ、シンフェローポリ、バフチサライを経由して、クリミア半島南のクイブイシェヴォまでのミツバチを連れたオデッセイ。数々の検問と難関を突破し、旅路で出会った女性の誘惑にも屈せず、亡くなったタタール人養蜂家の娘をウクライナへと連れ、犬猿の仲だったパーシャの待つグレーゾーンへとミツバチとともに戻る。

読みながら、時々、若い頃にある先輩が言った言葉を思い出した。
「白か、黒か。これ以外に灰色というのもある」
若い頃の私はいつも白か、黒か、二項対立で人や物事を判断していた。
そんな私に先輩が言った言葉は印象的だったけれど、よくわからなかった。
灰色は宙ぶらりんで私自身が苦しいから、多様さを引き受ける勇気がないから、単純に白か、黒か、決めてしまいたかったのだ。

訳者あとがきに「セルゲーイチのようにグレーゾーンで生きるとは、単純な二項対立にあらがい、あえて個々人の複雑さを引き受け、迷い逡巡しながら人間らしく振る舞うことを意味するのではないだろうか」という一文がある。私も私のグレーゾーンの中で、日々を過ごそうと思う。

2025年2月3日(月)立春大吉、そして「生ききる」

立春大吉

1月31日に、母の姉であるおばが101歳、老衰で亡くなった。
午前中にいとこたちが施設を訪ねてた時には元気そうで、彼らが帰った後、おやつにと置いていった水ようかんを二口食べて、うとうとしていたそう。
この日の午後3時に呼吸が止まった。
母は男2人、女3人の5人兄弟。
3人のおじとおばはすでに亡くなり、残った長女と末っ子。
旭川に戻ってから、よく母に付き添って自宅で寝たきりだったおばを訪ねた。
ふたりの会話はいつも、子どもの頃のこと、父さんと母さんのこと。
ほぼ毎回、同じ話、同じ会話を繰り返し、楽しそうにしていた。
入院中の母には知らせずに、弟とふたりで2月2日に葬儀に参列した。
葬儀場を後にして、空を見上げると、透明感のある青い空と白い雲、そしてあたたかい陽射し。
晴れ晴れとした日の旅立ちで本当によかった。

午前1時に起きだして、HTBドキュメンタリー「生ききる~俳優と妻の夜想曲~」をみる。
心のどこかで見たくない、見ないと思っていたのに、目が覚めてしまった。
2021年のがんがみつかり、余命半年を宣告され続けながらも、演劇を創り続けた彼。
昨年末、彼はすべての仕事を終えた。
最後の仕事まで伴走したかったけれど、私にはそれが許されなかった。
昨年7月、舞台に立つ彼の姿をみた。
私は、彼の姿をみるのはこれが最後とこの時決めた。

知人から愛猫が21歳9カ月で虹の橋を渡ったとメッセージが届く。
彼の移動にともない札幌とソウルを往復していたおんぷ。
猫の21歳9カ月は人間なら100歳くらいだろう。

生きた年数でも、どう生きたかでも、人間でも、猫でも、すべてはその個を「生ききる」。
そう思うと、勇気がわいてくる。

2025年1月30日(木)本が届く

ぼんやりしていると、一か月があっという間に過ぎてゆく。
今年は、月に2本映画を見るとリストに書いたのに、見れたの1本だけ。
本を3冊読むと書いたのに、読めたのは2冊。
宮沢賢治は「青森挽歌」で立ち往生し、津軽海峡を渡れずにいる。宗谷海峡を渡るのはいつになるだろう。
北海道史は続縄文時代で足踏み状態。
このまままたすぐ春を迎え、夏を迎え、秋を迎え、そして年末になるんじゃないだろうか。

友人から翻訳した書籍が届いた。
私も日々ぼんやりとはしていられない。

キム・ユギョン「青い落ち葉」(松田由紀・芳賀恵訳/北海道新聞社/2025年1月31日初版)

友人から送られてきた書籍はキム・ユギョン「青い落ち葉」。
著者のキム・ユギョンさん(ペンネーム)は、女性であること、北朝鮮の「朝鮮作家同盟」に所属していたこと、2000年代に韓国に入国したこと以外にはプロフィールを明かしていない脱北民だ。近年は、彼女のように韓国で執筆する脱北作家が増えているという。
札幌在住の翻訳者のおふたりは、韓国で暮らす脱北民が出演するYouTube番組を聞き取りメンバー4人で翻訳し、札幌の出版社寿郎社から「彼女たちの北朝鮮 脱北民30人の胸走る記憶」(2023年2月初版)として出版したものの権利関係の問題から発行中止となってしまった経験がある。おふたりにとって「青い落ち葉」は様々な思いが交差する翻訳だったと思う。
ゆっくりと読ませていただきます。

2025年1月28日(木)休日

休日は忙しい。
洗濯、掃除、買い出し、総菜の作り置き…家事が続く。
それでも猫を膝にぼんやりとする時間は至福だ。

最近ずっとあたたかな日が続き、今日もぽかぽかとした陽射しで暖房もなく過ごせた。
3匹の猫たちはそれぞれ自分の好きな場所で陽射しを浴びながら眠っている。
もちろん、はなは私の膝の上。

はなは生後1カ月頃に、私を見つけて、大声で鳴き続け、一緒に暮らすことになった。
母猫や兄弟猫と一緒に過ごしていたのかはわからないけれど、顔を洗う、毛づくろいをする、膝にくるなど、猫らしいことをしない猫だった。
それが、実家にいたさくらとほたると暮らし始めてから、顔を洗い、毛づくろいをし、膝に座る。
猫を学んだのだと思う。
今日も膝の上を陣取ってうとうと、私もつられてうとうと。

2025年1月23日(木)-25日(土)東京

2泊3日で東京へ。
数十年ぶりに旭川空港から飛ぶ。
小さい空港だけれど、国際線もあり、コンパクトで落ち着く。
小田島雄志・翻訳戯曲賞」贈呈式のために行ったのだけれど、もうひとつの目的はソウルでともに過ごした友人たちに会うこと。
1997年1月から2014年6月まで、同じ時を過ごした友人たちはたまにしか会わなくとも、会えばまるで昨日も会ったような不思議な感覚になる。

私はほぼ毎日、日記を書くのだけれど、旅に出るとホテルの部屋のメモ用紙にその日のことを記録する。

1月23日(木)ホテル
飛行機の窓から東京の高い高いビル群が見えても、若い頃のような高揚感もなく、まだ降り立ってもいないのに早く東旭川に帰りたくなる。
この数か月、静かななかに身を置いていたせいか、人の多さや様々な音が何か突き刺さるような感じ。
夜、「まめ蔵」(吉祥寺)でカレーとサラダをもりもり食べる。
いつもそっと支えてくれるせつ子さんが受賞のお祝いにと白いベストをプレゼントしてくれる。
自分では絶対に選べない白いベスト。
着てみると、意外に似合っていて、他者の私のイメージと自分の自分に対するイメージが違うんだと驚く。
ホテルの部屋で、明日のスピーチを頭の中で整理。
多くの人の前で話をするのは本当に久しぶり。
人前で話すことがまったく平気だったのに、今はとても緊張している。

池袋で空を見上げる

1月24日(金)ホテル
小田島雄志・翻訳戯曲賞」贈呈式。
贈呈式の前に、友人にマレーシアご飯をごちそうになる。
贈呈式は喜びと緊張とともに、ご無沙汰ばかりしている方々に再会する。
そのなかにソウルにいるはずの友人がいた。
実家に顔を出しに来て、共通の友人に贈呈式の話を聞いて来たという。
缶詰の牛肉の醤油煮と炒めキムチ、のり、サムジャン(肉を野菜に包んで食べる時の調味みそ)、そしてなぜだか保湿と美容液のフェイスマスクを、お祝いにとくれた。
友人たちとミャンマー料理「ルビー」(高田馬場)で夕食。
まるでソウルにいた時のように賑やかにおしゃべりし、食べ、笑い、楽しい時間。
友人たちは個性的だ。
ライター、ミュージシャン(韓国伝統楽器)、俳優で声優で合気道の指導者、俳優。
明日は私がいるべき場所に帰る。

1月25日(土)空港
夕方の飛行機なので、東京都現代美術館坂本龍一/音を視る 音を聴く」を見に行こうと思ったけれど、やっぱり怠け者。
池袋駅から出てくる大勢の人たち、この人たちはどこに向かうのだろうと、ぼんやりと眺めているうちに移動が億劫になる。
池袋の書店をぶらぶらと巡る。
大型書店なので、東京だろうと、札幌だろうと、旭川だろうと同じだろうに、書店にいると落ち着くのでついつい足が向いてしまう。
早めに羽田空港に行き、おそばを食べて、アンドレイ・クルコフ「灰色のミツバチ」を2時間読む。
2泊3日、とても楽しかったけれど、静かな、そして猫たちの待つ東旭川がいい。